灼熱のモロッコ~フランスの旅 ダイジェスト版 (グルメ編) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
旅行記本編でも書きましたが、昨年モロッコを訪ねた時は、イスラムの宗教的行事のひとつである
「ラマダン(日の出から日没まで飲食を断つ)」の真っ最中で、非イスラム教徒には関係ないと言いつつ
私達が勝手にそう感じていただけかもしれませんが、なんとなく大っぴらに食べたり飲んだりするのは
憚れるような雰囲気がありました。
ただ。イスラム教徒であっても、旅行者や重労働者、妊婦・産婦・病人、乳幼児など合理的な事情のある場合は
断食を免除されたり、別の期間に行なってもよいなど、柔軟性があるものだそうです。
フェズで駅とリヤド間を送り迎えしてくれた運転手さんに聞いたところによると
「ラマダン?もう慣れてしまってどうってことないよ!(姪っ子通訳)」と言っていましたが、
列車のコンパートメントで一緒になって高校生くらいの女の子たちが
日没とともに嬉々とてぃて食事をしていた様子を目の当たりにして、
やっぱり大変なんだな~と思ったものでした。
モロッコのお料理は初体験で、色々珍しいものも食べましたので、「グルメ編」として集めてみました。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 ダイジェスト版 (フランス編) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
バスティーユ広場
日中は40度近くまで上がったモロッコのマラケシュからパリに戻ってやれやれと思ったのは到着した夜だけ。
モロッコに旅立つ前のパリのシャルルドゴール空港は寒く、コートを着ている人がほとんどだったのに
5泊6日の旅を終えて戻ってくるとパリは、こんなことは滅多にないという連日30度を超える暑さとなっていました。
パリでの滞在は、姪っ子が住んでいたアパートにもメトロで1本、空港バスのバス停も目の前にあって便利な
以前にも泊まったことのあるリヨン駅前のホテル。
<第7日目ジヴェルニー>
この日はお昼頃から、サンラザール駅から列車の乗りモネの庭園のあるジヴェルニーへ行く予定だったので
午前中は前夜買うことができなかったお水などを調達しがてら、バスティーユまで散策。
前々日が革命記念日だったからか、バスティーユ広場の塔の上には国旗が掲げられていました。
途中列車が遅れて接続のバスに乗れずタクシーでモネの庭園に到着です。
園内には色々なお花が咲き乱れていました。
庭園はご覧のとおりモネの絵の世界そのもの。
睡蓮も咲いていました。
電車の遅れで美術館を見る時間がなくなってしまったのは残念でしたが
チケット売り場で、「この時間で美術館を見るのは無理!」とハッキリ言って下さった係りの人には感謝です。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XXXI (パリ1日目~ジヴェルニー①)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XXXII (パリ1日目~ジヴェルニー②)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XXXIII (パリ1日目~ジヴェルニー③)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XXXIV (パリ1日目~ジヴェルニー④)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 ダイジェスト版 (モロッコ編) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
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先日、ようやく書き終えた「灼熱のモロッコ~フランスの旅」のダイジェスト版です。
大河ドラマじゃありませんが、旅行記の総仕上げです
今回はモロッコ編。
リンクを張っておきましたので、詳しくは本編で。
もう一度見たい!と思うところがあったらクリックしてください^^
第1日目(羽田~フランクフルト~パリ~モロッコ)
深夜便で羽田を発って、フランクフルト乗換え、パリシャルルドゴールで姪っ子と落合い、モロッコへと
旅立ちました。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅰ (モロッコを目指しての巻 その1)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅱ (モロッコを目指しての巻 その2)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅲ (モロッコを目指しての巻 その3)
モロッコのカサブランカにある国際空港、ムハマンド5世空港から1日目の宿泊地カカーサ・ボワヤジュールへは
列車で約30分程でした。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅳ (カサブランカ@モロッコ)
第2日目 (カサブランカ~メクネス)
翌朝は世界遺産に登録された古都メクネスに移動です。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅴ (メクネスへ@モロッコ その1)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅵ (メクネスへ@モロッコ その2)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅶ (メクネスへ@モロッコ その3)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅷ (メクネスへ@モロッコ その4)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅸ (メクネスへ@モロッコ その5)
灼熱のモロッコ~フランスの旅 Ⅹ (メクネスへ@モロッコ その6)
メクネスは新市街と旧市街の二つの丘からなっていています。
その間は谷になっていて一旦下がってまた上がります。
マンスール門
ブー・イナニア・マドラサ (神学校)。
隠れてパンを食べていたら「ラマダーン」とおじさんに言われてしまった路地。グラン・モスク
ムーレイ・イスマイル廟
風の道(本当に風が通りぬけて行く道です)、穀物倉の内部、水を地下から汲み上げていた跡。
ガイドのおじさんに一杯食わされました。
穀物倉の外観。スークの中のスパイスやさん。こんもりと山型になっているのがスパイスで左はナッツ類です。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XLVI(パリ3日目(最終日)~旅の終わり) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
羽田空港にて
体調が思わしくなくホテルを出る時間が遅くなってしまった上、ルーヴル美術館でSDカードを
取りに戻るというアクシデントに見舞われたため、当初のスケジュールよりも全てが遅くなり
これ以上ルーヴルにいたら、姉(姪っ子の母)から任されていたミッションができなくなってしまう!
というギリギリの時間にルーヴル美術館を後にして、ショッピングに向かいました。
もうかれこれ20年以上(いや25年以上かも^^)前になりますが、私の2回目の海外旅行の時に、
中味よりも入れ物の方が高いんじゃない?と言われるもののその当時はどうしても欲しくて
大枚をはたいて買ったルイ・ヴィトンのお財布。さすがに20年以上も使い続けていると、
途中何回か修理をしましたが、修理に持っていくのが恥ずかしい状態となり、ここ2、3年
フランスに行く度にお財布を新調しようとあれこれ見ていたのですが、これだわ!とピンと来るものがなく
使い込んだ古いお財布を使い続けていたのです。
実はこのお財布、姉(姪っ子の母親)とおソロだったのです(^^ゞ
今回の旅行の前に、姪っ子が日本に帰国するのが決まっていたからだったと思うのですが
「〇〇・・(←私の名前)、私のお財布もうかなり限界状態に来てるんだけど、
もし、〇〇が新しいのを買うのなら一緒に買ってきてよ!同じものでいいから~。」と言われ
そう言われると、なかなか最後の一歩が踏み出せなかった私も踏ん切りが付き、
買ってくると約束をしたというワケなのです。
先週、春節のお休みで大挙してやってきたお隣の国の方々の「爆買」が注目を集めていましたが
パリでも今や買い物の中心は日本人ではなくお隣の国の方々です。
ルイ・ヴィトンは路面店もあるのですが、買い(入り)やすいギャラリーラファイエットにあるお店を選びました。
お店に到着するとやはりお店の前にはロープが張られ、係員が立ち、行列になっていました。
フランスはただでさえ日本よりもお買い物に時間が掛かるのでその分は考えていたのですが
お隣の国の方々は「爆買」されるので、なかなか終わりません。
姪っ子との約束の時間が迫ってきます。
あ~もうダメかなと思ったその時にようやく順番が回って来て、買物の言語を聞かれたのですが、
それこそひと昔前は日本人スタッフがいたでしょうが今はいません。
前日までは普通に話せていたのに、この日は声も出にくい状態でガラガラの声で「英語」と答えました。
残念ながら、全く同じものはなく、お店の人が私の希望を聞いて選んで出してくれた数点の中から
カード入れががたくさんあるものを選びました。
当然のことながら、今回も、常に入っている中味よりも入れ物の方が高いですが、
これで一生使えるかもしれないです(笑)
新 旧
免税の手続きは、日本人の窓口は運よく誰も並んでおらずラッキー!
日本語が流暢なフランス人の男性が対応してくれました。
これでミッションは終了
もう1軒行きたいお店があり、そちらへ向かいます。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XLV(パリ3日目(最終日)~ルーヴル美術館②) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
SDカードを取りに行き再びナポレオン三世の居室です。
撮ってきた写真をずらずら―っと貼り付けますので、雰囲気だけでも味わっていただければ幸いです。
お部屋の名前が分かるところだけ入れましたが、日本語訳はネットの自動翻訳機を利用しましたので、合っているかどうかは???で(^^ゞ
ご参考程度ということで、どうぞ悪しからずご了承ください。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XLIV(パリ3日目(最終日)~ルーヴル美術館①) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
いよいよモロッコ~フランスの旅も最終日となりました。
夜にはシャルル・ド・ゴール空港から日本に向かって旅立ちます。
最終日の朝は最悪の体調となりました。ノドの痛みは最高潮に達し、声も出にくい状態で、
体もなんとなく熱っぽくてだるく、体温計で測ったら7度以上はありそうな感じで、
風邪の症状はよくなるどころかどんどん進んでしまっていました。
この日は、姪っ子からルーヴルの無料の入場券をもらっていたので、朝一番でルーヴルに行き
ゆっくりと楽しんだ後、ショッピングする予定にしていました。
でも、とてもそれどころではない状態となってしまったのです。
まずはチェックアウトの日なのでパッキングして12時前にはホテルの部屋を空けなければなりません。
体に鞭をうって、荷物の整理をしてホテルに荷物を預けて、ルーヴル美術館へと向かいました。
最悪の場合、ルーヴル美術館の椅子で休んでいようと思ったのです。
外にでるとこの日も朝から太陽がガンガンに照り付けていました。
メトロでルーヴルへ。相変わらずの混雑ぶりで、メトロの出口からそのまま入れる入口には長蛇の列。
地上に上がってみると、暑さのためか列が短くそのまま並んで、セキュリティーチェックを受けて入場。
後で姪っ子に聞いたらそのチケットは並ばなくてもいいチケットだったみたいでした(>_<)
体調が悪いせいか、少しの荷物でも重く感じられるので、最低限のものだけを持って後はクロークに
預けたのですが、やはり頭がよく働いていませんでした
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XLIII(パリ2日目~アミアン⑨) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
前回の記事では、7周年のお祝いのお言葉をたくさんいただきありがとうございました。
ここにあらためてお礼申し上げます。
というわけで、アミアンの観光を終えて再びパリ戻ります。
ノートルダム大聖堂、運河のあるサン・ルー地区、ピカルディー博物館などなど見所がたくさんある
アミアンでしたが、その他にも、私もかつて読んだ『十五少年漂流記(二年間の休暇)』を書いた
フランスの作家ジュール・ヴェルヌが晩年過ごした家や彼が建てたサーカス場があります。
そこも見学するとなるとパリからの日帰りでは時間的にはかなり厳しいかもしれません。
列車からの車窓の風景は何度乗っても楽しみです。
フランスらしい広々とした大地が広がっていました。(映り込みがあります(^^ゞ)
夕方6時頃はまだ真昼間のような空です。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XLII(パリ2日目~アミアン⑧) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
北塔の頂上からの眺め 右奥には駅の真ん前にあったのに撮りのがしてペレ塔が見えます
塔に上るために再び大聖堂に戻ってきました。
塔への順路ですが、まず向かって右の南塔の方の階段を上り、薔薇窓の下あたりまで行き
そこで向かって左の北塔の方へと渡ります。そこから一番上まで行きます。
下りは北塔の階段を上から下まで下りてくるというものです。
細い螺旋階段を上っていきます。手摺の代わりにロープが付いていました。
薔薇窓の真下です。
西側正面の眼下に広がる風景です。
街並みが見事なまでに綺麗に揃っていますね。
大聖堂のパンフレットによると、アミアンの街は、第1次世界大戦で被害を受け、さらに第2次世界大戦では
その60%が破壊されたため、以前からある建物と戦後建てられた現代建築とが併存しているとのことですが、
見事に調和していて、そういう歴史があったとは思えません。
北塔(西側正面入り口から向かって左の塔)の方へ移り、一番上まで行きます。
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XLI (パリ2日目~アミアン⑦) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
灼熱のモロッコ~フランスの旅 XL (パリ2日目~アミアン⑥) [海外@モロッコ・フランス2014夏]
食事の後、アミアン大聖堂の塔には上ることができるので上りたいと思ったのですが
時間が2時半からだったので、先にピカルディー博物館へと行くことにしました。
ピカルディー博物館は午後は2時から開館です。
ここで、アミアンの地図を貼っておきますね。
観光のポイントは集まっています。大聖堂からピカルディー博物館までゆっくり散策しながら30分弱でした。